こんなにも悲観的なのは、太宰治の「人間失格」を読んだからに、決まっている。あんなもの、読んじゃいけない。自分を後悔するだけの書物なんて、よくない。
本当は、もっと気持ちよく生きられるはずの人間が、どうしてあんなにも、自分を責めたりして、哀しく生きることしかできないのか。見ている方が辛くなる。



書中にしばしば表れた『荒っぽい幸福』という単語が嫌いだ。私は、もっと小さな幸福を愛している。きっとそれは、荒っぽい幸福のあとの沈んだ空気を待ちたくないからなのだけど。
けど、不幸な人は他の人の不幸に敏感、ということには、ものすごく、頷けた。哀しくなった。だから、私の周りには、不幸な人が多いのかもしれない。私が不幸なひとになっているからかもしれない。
もっと、幸せに、きちんとした幸せに、近づきたい。
私は常に、幸福を掴みに行きたい。世界は暖かいと信じている。そこに幸せは絶対にあると、信じきって止まない。