と、その中でも私がうんと好意を持っている男がいる。恋ではなく、ある一種の愛を持って、聡久に接している。



聡久は不思議な男で何を考えているか分からない。(なんか、色んな人の事不思議って言うけど、本当に皆少し違うんだよ。)
普段、集団のなかにいる時は強気でマイペースで明るいくせに、私と二人になると、寡黙になり脱力してしまう。いつもどこかに攻撃性を兼ね備えた雰囲気をしている。野生動物みたいに刹那的で確固としていて、危険な感じ。けれど、ふたりでいる瞬間、弱ってどうしようもないような、どこかで泣きたいような、見ているこっちが悲しくなるような雰囲気を急に醸し出す。それとともに、どこかに含んでいるどうしようもない優しさが渦を巻いて、不思議なジレンマみたいな、なんか、そういう空気を作り出している。



私と聡久は知り合って数日で妙に繋がりを持った。
入学してすぐに、聡久は私に自分とあうだろう、という何かを見つけたらしい。確かに、それは当たっていた。聡久と私は見ている映画が同じだった。『ドニーダーコ』やら『バッファロー'66』、『エレファント』『リリイ・シュシュのすべて』『時計仕掛けのオレンジ』。まぁ、そこそこマイナーだったり、暗かったり、同年代があまり見ないようなものばかり。ふたりそろってそういうもの見て、ぐるぐる色々考えたり、そういう毎日を送ってきたから、始めの方から相手の根本を支配する気持ちみたいなのが、分かり合えた。
同類を見つけて嬉しかったし、知り合って一週間もしないうちに、本当に聡久のそういう所に好意を抱いたから、思わずすんなり深入りをさせてしまった。色々普段は誰にも見せない面をぼろぼろと出してしまった。男友達にあんなに弱った姿を見せるのは初めてだった。ぼろぼろに泣きながら真夜中に電話してたたき起こしたり、「もうだめ耐えらんない」とか言いながら、目の前でぺとぺと泣いて、話を聞いてもらったり。
それをきちんと飲み込んで、言われたい言葉を絶妙な深みで言ってくれた聡久は相当に強者だ。多分、一生あの時の言葉は忘れらんない。

聡久は、ものすごく優しいのだ。誰かの痛みに取り込まれてしまう位に。そして、それをどうにかしなければいけないと、必死で力をつけようとして、がんばって、考えたり、足掻いたり。器用な人だけど、そういうところは妙に不器用。
正直、尊敬にも似た気持ちを抱く時もある。




そんな聡久君、最近妙に元気がないのだ。一ヶ月前までは、私が煙草を吸うと、体に悪いから吸うのやめろ、と叱っていたのに、最近は一緒に吸うようになってきた。その瞬間、それはそれでしあわせなのだ。一緒に煙草に火をつけて、ぽつりぽつりと何か話す。聡久の口から出てくる、優しかったり攻撃的だったりする言葉は、煙みたいだ。
でも、聡久の煙草は、決していい意味を持たない煙草だ。時間を楽しんだり、煙を眺めたり、そういう楽しさを含まない煙草で、どこかで消耗するための、まるで何か戒めようとするような、逃げようとするような。
聡久は、私が辛い時に、きちんとそこにいてくれた。でも、私は、なにかできるのだろうか。



「いいところ見つけた。」
そう言って学校の屋上に案内してくれた。簡単に登れて、簡単に死ねるような無防備で誰もいない屋上。関東平野には山がない。ひたすら何処までも建物が続いて、息の詰りそうな空が見える。風上には晴れ空。風下には曇り空。煙草の煙が流れていく。
私は聡久の横顔を見ながら、悲しい気持ちになった。何かを話そうとしているのに、全然、話は進まない。そして、私もその一歩を進ませてあげられない。ほしい言葉を言ってあげられない。
この人は今何に苦しんでいるんだろう。恋人の未希ちゃんと上手くいってないのだろうか。それとも、もっと辛い事を溜めているのだろうか。私はこの人に何が出来るのか。



屋上から降りる時、聡久はすっと手を差し伸べた。誰かに触れたかったのかもしれない。けれど上手く掴めなくて、逆に転んでしまった。そうだ、聡久は、よく人に触る。ふたりそろって酔っ払って、電車の中で手を繋いだり、そういう簡単で恋のないスキンシップ。彼はそういうものをもとめているのだろうか。何かに包まれたいのか。



「じゃあね。」
そう分かれたときのあの聡久の悲しそうな寂しそうな顔。あんな顔させたくない。