パッコは、にこにことしていた。




いつだって彼女はそうだ。細い目をうんと細めて、気持ちよいまでに笑う。ボーイッシュな格好にさばさばした雰囲気、成績優秀スポーツ万能で、高校時代は女の子によくモテた。
「パッコはかっこいい!」と、口を揃えて誰もが言う。「パッコが男だったら絶対付き合う」とも。
「パッコと付き合うと絶対大変だよぉ」
と言うと、
「嘘だぁ。だって、明るいし楽しいじゃん。」
と。素敵な勘違いが返ってきた。
彼女は自己演出が上手いのだ。そしてその自己演出は、自分のためでもあり、誰かの理想を崩さないためでもある。悲しい、優しい子だ。




女の子にモテるのレベルが増していき、彼女は数人の女の子に交際を申し込まれたりもしていた。友達以上になってください、イコール、私のパッコでいてください。優しい彼女は、その言葉に縛られながらも、そっちの気はないので断り続けた。けれど、告白してきた女の子の話をずっと聞いてあげたり、慰めたり、支えの役割を果たし続けた。私が知っているだけでも、彼女がそうして支えていた人間は、五人以上。
女の子はワガママだ。私のパッコにならないことに、裏ではむずがゆく悔しい思いをする。だから、よりパッコに寄りかかる。パッコは、支える。
「皆に利用されてる。」
そういうと、
「知ってるよ。」
と、パッコは言う。
「でも、いいんだ。頼ってきてくれて、喋ったりするのは楽しいし、嬉しいじゃん。」




『生きてるのメンドイなぁ』
一昨日、句読点もなく、それだけのメールが来た。寝ぼけたまま、すぐに電話を返すと、明るい声で彼女は出た。
「あぁ、シホー?ごめんねぇ。」
「おまえこのやろう、起きちゃったじゃん。」
パッコは笑った。きっと、あの細い目をより細めたのだろう。
皆は知らないんだ。パッコがどれだけ心の奥で暗い重い気持ちを抱いているか。健康そうな雰囲気に隠れて見えないけれど、彼女の身体はガタがきている。ずっと笑っていて気付かれないけれど、彼女は家庭に、来年に控える受験に悩んでいる。そして、襲い掛かってくる独占欲に対応できない事にも。よくよく見れば分かる事なのだ。彼女の悩みは、ふとした瞬間に姿を表す。どうして彼女に支えてもらっている人はそれに気がつかないのだろう。好きならば、そこを支えてあげればいいのに。




「パッコって雲の上の人みたいでよく分からないって言われた。」
今日彼女はそうぼやいた。そして自分自身が自分をよく分からない、とも。
そうだ、彼女は自己演出が上手いのだ。自分にも、他人にも。何も分からなくなるまで、自分を作り上げている。
自己犠牲。その言葉が心を過ぎる。どうしてこの子は誰かに尽くしてしまうのだろう。どうして自分の闇をうまく隠して、他人の闇ばかり飲み込むのだろう。精神衛生的にも人間関係的にもよくないよ、と教えても彼女は身を粉にして尽くす。そして、何よりその辛さを一切表層化しない。魅力的な子だなぁ、と思う。モテるのも分かる。けれど、高校の時からそうだった。あの子の後には、陰があって、ずっと離れないのだ。




「いい?行為として、じゃなくて、精神的に、パッコは頑張りすぎるな。」
そう言うと、疲れた顔で笑う。目が細くならなかった。
「私のことそうやって分かるのはシホ位だよ。」
そんな独占いらない。パッコの未来が開ければいいのに。