黄土色の空を気持ち悪く思った。自転車を走らせながら奇妙な嫌悪感。喫茶店でコーヒーを飲んで『変身』を読んでいる間、雪に変わる。完全なる粉雪。空の色は黄土色から灰を少しだけ混ぜた白。明るい白。雪は次第に強くなる。右に流れるところ、左に流れるところ。停滞するものや直進するもの。暖かい店内でも染みつくような冷たさを感じる気がした。
友達へのメールに「薄着をしてきて大変」との趣旨を書く。私はすこし、雪に対する嫌悪感を抱いていた。強くなるにつれて、美しくも見えるその雪が、嫌悪の対象と化した瞬間。この瞬間だ、私が『行きたくない』と思っている領域に足を踏み入れた。
幼い頃、雪が降れば幸せだった。そこには非日常への好奇があった。はしゃぐ子供を余所に、母が呟く。「雪掻きは辛いのに」と。私は嫌悪感を抱いていた。いや、幼い自分には嫌悪感、というよりも、悲しさも携えた楽しくない気持ち。母が楽しさを感じない事に嫌な気持ちや、そう感じるようになるのを恐れる気持ち。
その、行きたくない領域に踏み込みかけた気がして、雪を見つめる。申し訳なさと共に。
雪が通り過ぎた。コーヒーメーカーが蜘蛛の叫び声の如く鳴る。空は灰を少しだけ混ぜた水色。暗い水色。冷めかけたコーヒー。冷たい指先。