テレビをぼんやりと眺めながら、昼間に飲みきれなかったペットボトルのお茶を飲み、時々クッキーやポテトチップスを齧る。(今日は珍しくおせんべいだけど。)それが私の夜11時の日課で、なによりも好きではない時間でもある。好きじゃないけど、辞める気も起きない。本を読むのはそんなに好きじゃないし、マンガには飽きた。勉強してもいいのかもしれないけど、お風呂上りにすぐ勉強は辛い。誰かと電話、する日だってある。けど、毎日電話は辛いし、なにより毎日連絡を取りたい人は今はいない。誰かと出かけるのも、たまにならいいけど、日課にはできない。
 つまり、することがないのだ。けれど、なにもせずにぼーっとするのも辛い。だから、しょうがなくテレビを見て、何かを飲んだり食べたりする。ここにアルコールを持ち出すと、きっと事態は最悪な方向に向かうから絶対に飲まないようにしている。毎晩一人で飲んだくれて、お菓子はおつまみになって、人生を悲観する19歳なんて、しゃれにもならない。
 突然、携帯が机の上でのた打ち回りながら、けたたましい音を発し始めた。画面を見るまでもない。誰からかは察知できて、私は携帯をクッションの下に押し込んだ。クッションの下でくぐもった音を出しながら、携帯は震え続ける。いつもの平穏な私の相棒は、その瞬間だけ虫みたいな憎たらしい存在に見えてしまう。
 あんな奴からの連絡なんていらない。いい加減、私なんて忘れて欲しい。あれはちょっとした事故だったと、男なら潔く諦めて欲しいのにな。
 だんだんイライラしてきて、私は大きいおせんべいを口に突っ込んだ。ふと、あと少しで発売される、有名なロールプレイングゲームのCMが流れる。私はおせんべいを食べるのを一旦止めて、テレビを食い入るように見る。
 懐かしい。
 その言葉が心を過ぎった。ひたすら続く平原を、何かの目的を持って突き進む。皆で励ましあったり、宿を探したり、たまに仲間割れしたり、悪者を退治したり。それをリアルな経験として思い出す。
 

 実際、リアルな経験なのだ。
 草の匂い。真っ暗な夜。つやつやな赤いビンに入った薬。道行く人からし入れる情報。魔法で出てくる炎の熱さ。道を決める時の友達の真面目な表情。麻の服の着心地の悪さ。友達を助け出した瞬間の、空の青さ。全部全部、私は経験した。誰かに否定されても、私と、雄哉と章男、それと明日香だけは、それをちゃんと知っているのだ。
 あの一瞬だけど素晴らしい、冒険の毎日を。


 レポートの資料(3冊、分厚い本)をショップの袋に綺麗に入れて、私は新宿まで出た。明日香に会うのは、1ヶ月ぶり。そんなに久しぶりでもない。ただ、ちょっと気が重かった。
 アルタ前広場に明日香はぼんやり佇んでいた。ビルの上の広告を見ているようなふりをして、あの子はただただぼんやりしている。少し垂れ気味の瞳は、ものすごく澱んでいる。きている服も髪型も化粧も、隙がないくらいに整っていていい雰囲気なのに、その中にいるあの子だけ、全然整っていない。遠くから眺めて、本当に心が痛む反面、むかついた。
 ぽん、と肩を叩くと、明日香は笑顔で私を見た。
「あやこぉ、ひさしぶりだね!会えてうれしいー。」
「久しぶりじゃないよ!この間会ったじゃない。」
「けど、絢子に会いたかったんだもん。いいじゃん。」
 そう言われると、すっかり弱った。そんな事をいわれたら、少しだけ嬉しくなってしまう。明日香の細い肩をぽんぽんと叩いて、どうしようもなく笑ってみた。明日香はちょっと嬉しそうだった。

「もう、いい加減に離れればいいじゃない。」
「だめなの。だって、あの人、すごく落ち込んでいて・・・。」
「そうなんだ・・・。でも明日香がそれで幸せになれるの?」
「分からない。」
カルピスサワーをくるくるかき回しながら、すごく落ち込んだ表情で淡々と答える。
「ねぇ、そんなの明日香がいいように利用されているだけだよ。大丈夫なの?」
「そう、なのかもしれないけど・・・。」
 私も明日香も黙り込んだ。
 煮え切らない気持ちはよく分かるけれど、明日香はいつからこんなに弱くなったんだろう。私たちが明日香を救い出したころは、まだこの子は元気だった。何か起こっても諦めずに、抵抗したり叫んだりしていた。
 あれから5年、たったの5年。ついこの間私たちは青空の下で再会を喜んでいたのに、今は新宿の居酒屋で飲みながら陰気な雰囲気になっている。私は明日香が大好きだった。まだ染めたこともない真っ黒な長い髪の毛とか、細いのに意外と力の強い所とか、いくら捕らわれの身となってしまっても、諦めずに逃げ出す方法を考えるその根性とか。
 だから、助けたかった。捕らわれのお姫様っていう、弱弱しい状況から必死で抜け出そうとする強い明日香だから、私は彼女を本当にお姫様みたいに思っていたのに。だから、暗い夜も悲しい出来事も乗り越えたのに・・・。
「っていうかさ。5年前、明日香を助けに行ったのは明日香がそんな酷い男に引っかかるためじゃなかったんですけど。」
はっと目を見開いて、明日香は顔を上げた。
「あのね、自分が助けた明日香がそんな風になって欲しくはないよ。明日香がそんなに不幸になるんだったら、あの時助けなきゃよかった!あのまま放っておけばよかったね!」