長い睡眠から目が覚めたような気分だった。けれど、実際に眠っていたのはほんの数十分で、変な気分だ。体が寒いし重い。けれど、視界は妙にはっきりしている。けど、頭は回らない。
窓の外は、もうすっかり知らない街だ。暗い暗い世界にいくつかの眩い明りがあり、乗っている電車はその横をぐんぐん過ぎて行く。光は筋となって、長く延びていく。どこまでも。きっと、本当にどこまでも行ってしまう。今、私はきっと銀河鉄道に乗っている。そう信じれば、きっと本当に。



「ねぇ、やっと起きたの?」
不思議と張り詰めた声が、横から聞こえる。その張り詰めは、冬の空気に似ていた。そちらを見ると、三席程空けたところに、同年代だと思われる女の子が座っていた。顔は、全然笑っていないのに、不思議と優しい表情だった。どこかで見たことがある。少しつり気味の強い目も、細くて薄い眉も、綺麗な鼻筋も、血色の悪い大きな口も、その下にあるくっきりとしたほくろも。どこかで見たことがある。けれど、自信をもって言おう。彼女は私の知らない人だ。
「そうだね、いつから見ていたの?」
口から出た返事は思うよりずっと冷静だった。そして、自然だった。
「ん、いつだろう。ここじゃもう分からない。」
大きな口を横に広げて、その子は笑う。いや、口角が上がっていないから、笑ったわけではないのかもしれない。けれど、その表情は少しだけ笑顔に似ていた。懐かしい、嬉しい笑顔。
「ここって、どこ?」
「あなたが信じれば、ここはワンダー・ランドなのよ。分かる?なんでも、あり。」
私は小さくワンダーと呟く。WONDER?WANDER?どちらだろう。なんにしても、私は自分の居場所がわからない。どちらにしても同じことだった。
「それって、アリスみたいな?」
「そう考えるならね。でも、それが望む形なの?」
上手く返事が返せない。
「アリスがあなた、なの?それでいい?なら、それでいいわ。」
「分からない。分からないよ。」
不思議な気持ちになった。本当に途方に暮れた。実際、口から出たその言葉の響きは自分が思うより何倍も弱っていた。



私はどんなワンダー・ランドを選ぶ?過ぎて行く毎日の中で。繰り返す日常の中で。私はどんなワンダーが欲しい?
「あなたは、どんなワンダー・ランドなの?」
「それは、あなたには言わない。あなたにそれを言ったら、きっとあなたは私に同調して終わってしまうわ。それじゃ、ただの世界よ。あなたのワンダー・ランド。あなただけの。」
眉が勝手に下がっていく。心臓が握り締められたように、痛い。背中が寒くなった。その言葉は、私にどんどん染み込んでいく。聞きたくない言葉だったのに。見たくない何かだったのに。私は正直、自分は意志が通っている人間だと思っていた。けれど、自分のワンダー・ランドさえ見つけられない。
「ねぇ、本当は知っているんでしょう?あなたが行きたいワンダー・ランドを。あなたは、真剣に考えていないだけ。」
彼女は真剣な顔をした。どうして私のワンダー・ランドを決めるのにこんなに真剣なんだろう。少しだけ苛立ちさえ感じた。焦りから来る苛立ちでもあった。俯いて、膝の先を見た。目を瞑った。急いで、決めなければ。早く決めなきゃ!
「早く決めなきゃ、乗り遅れるわよ。」
遠から響く声みたいに、その言葉は耳に届く。ふと、気づく。目を開けると、おもうより車内は明るくて、少し目が眩んだ。
「ねぇ、そうだ。私は銀河鉄道について考えていたんだ!ここはワンダー・ランドなんだね。」
その子は笑って、席を立った。最後の微笑みは、何かを悟ったような、そういう大きくて、すこし近寄りがたい笑顔だった。



その子が居なくなった車内。私はひとりでワンダー・ランドについて、考えた。そこはワンダー・ランドなんかじゃなくて、乗り過ごした電車の中でしかない。けれど、私が望むワンダー・ランドは、手を伸ばせば届く。その子のこと、考えながら、私は電車を降りた。反対側の電車を待ちながら、目を薄めた。光が、きらきらしている。
ここが、どこかって?ワンダー・ランドなのさ。なんでも、あり、なのさ。私は、ただ、旅をしているのさ。さて、お家に帰ろう。