今日は下北沢。そして今私は何かを取り戻した。

あそこはどうして、あんなに素晴らしい晴れた雰囲気をくれるのだろう。美味しいご飯、可愛らしい服や小物や家具や行き交う人々は、池袋と違い一様にして幸福に見えるのだろう。(池袋にいると商品さえ資本主義によるものだとか、そういういらないものを考えてしまう)その幸福さは、ディズニーランドの虚構とはまた違う(あれはあれで素敵だけど)自然でなにもかもひっくるめた幸せさ。

生活地区と密着してるのもいい。少し歩けばすぐに住宅地に入り、町を見ていても子供やスーパーの袋を持ったおばさん達が行き交う。そしてあの車通りも無い、狭い道も好きだし、劇団やライブハウスとか、創作活動の終着地がある事も素晴らしくよいしね。

また、今日出かけた相手も良かった。あの子は、私とはもう6年間の付き合いになる。あの子と私は、沈黙を共有できるのだ。お喋りは嫌いじゃない。でも、喋りすぎるのは疲れるから。話せば話すほど、本当に話したいことから遠くなることはあるから。私たちは黙ってコーヒーを飲み、ご飯を食べ、時々物凄く話し、黙り、ぼんやりと宙を眺める。

おしゃれで、でも気取らずにありのままの町並みと、気を許した友達、少し薄いけれどどことなく美味しいコーヒー、これがあれば、私は回復するのかもしれない、と思った。